ハタチになるということ

このブログのタイトルにも、「20歳」とあることからこの年齢が私にとって大きい存在であるのは分かりやすいと思います。

日本では20歳を迎えれば、自動的に法で成人として扱われお酒を飲むことも許されます。その年齢は国や地域により変わり、あるところでは16歳、18歳、21歳だったり、通過儀礼を済ませば成人として扱われたりと様々です。

そう考えると成人の定義っていうのはすごくアバウトなもののように感じます。

私は、19歳の自分と20歳の自分の違いをあまり見出せません。だからこその焦りや不安があったりします。社会的な立場としては子供から大人になるという大きな変化があったにも関わらず、私自身は何も変わっていないので、そこに大きなギャップが生まれているんだと思います。

ただ、「ハタチである」という事実を突きつけられることによって感じ方や環境の見方は大きく変わったように思えます。

例えば、「結婚」「就職」などの言葉が急に現実味を帯びはじめたことです。

今まで(20歳になる前)はそういったことは自分の人生の延長線上にあるもので、今の自分には全く遠い存在だと思っていたんです。でも20歳になった途端、友達と話すと出てくるのはどんな企業で働きたいか、自分の学歴と妥当な就職先はどこか、今の恋人と結婚するのは良いか悪いか、親が遺産整理をし始めた、など。以前と比べるとかなり現実的なものになってきています。たった2年前まで女子高生だったのに。

そこで私はいつも、なんとなく寂しくなってしまいます。

それと同時に、『きっと私の人生はこんな感じで進んでいくのかな』、というぼんやりとした進路が見えてきてしまい、以前までの夢に溢れていた現実味のない『将来』のビジョンがなんだかちぐはぐに思えてきてしまうんです。

おそらく、10年後の私や、10−20歳以上年上の方々からしたら、「人生の3分の1も知らないような人が何を言ってるんだか」と笑われてしまうかもしれません。

それに、これらは私個人の考えであり、20歳だって90歳だって変わらず何にも自分の存在を定義されずにのびのび生きている人たちもいるんですもんね。本当に羨ましいです。

私も、自分がどうなるかを決めるのは自分だけだと信じて頑張ります。

最初のブログからとても堅い…。